彼の言葉に、少年はどきりと喉をつまらせる。
 頭に浮かぶたくさんのはてなを一巡して、おそるおそる口を開く。
「それってどういう意味?」
 少年が訊くと、館長はまず、一度静かに微笑みかけた。

「どこからどう説明すればいいのか、私にも難しいんだけどね」
 ぼそぼそと喋る館長にお構いなく、カカシたちはパウンドケーキを切り分けはじめた。ナイフを持つ手の危なっかしさを見かねたサギが手を貸し、二人の皿にケーキを配ると、カカシたちは手を叩いて喜んだ。館長はその一部始終を横目に見届けてから、もう一度少年の顔を真っ直ぐに見る。

「君が言うには今日はハロウィンの夜らしいね。でも、ここでは今日の日付は11月11日なんだ」
「ふうん……? 古い暦かなにか?」
 少年が首を傾げると、館長はわずかに眉をひそめた。
「いや。君が使っているものと同じさ。我々が君たちに合わせているんだからね」
「ええっ、じゃあ僕、もしかして11日近くも畑で寝てたの!?」

 もっと早くに発見してよ、死んじゃうよ、と少年はカカシたちを見た。カカシたちはケーキを頬張りながら、ぱちくりと瞬きした。
「僕たちはあんたが落ちてきたあとすぐに様子を見に行ったよ」
「そうそう。僕たちストローヘッドにかかれば広いカボチャ畑も端から端まで10分で移動できちゃう」
 カカシたちは交互に言うと、イェーイと嬉しげにハイタッチしてみせる。
 少年の方は、ますますこんがらがる頭を抱えて悩み始めた。

「何がなんだか分からないや。僕はハロウィンの夜に猫に会って、穴に落ちて、目が覚めたらまだ夜で、ここに居て――」
 言いながらきょろりと首を動かす少年の目が、サギに向けられて止まる。少年は「あっ!」と叫ぶと、しばしの間を置いて、にやにやしながら館長のほうに向き直った。

「館長さん、嘘ついてるんでしょ。侵入の仕返しに、僕を脅かしてやろうって?」
「いや。必要性を感じないが。何故そう思う?」
「だって、今日がハロウィンじゃないはずがないよ。館長は寝てたから普通の恰好なんだろうけど、サギや彼らはわんことかカカシに変装してるじゃないか!」
 ふふんと勝ち誇った顔で、少年はちっちっと人差し指を立てる。名指しされたサギが、「だからわんこと呼ぶな!」と抗議した。

「困っちゃうねえ。ハロウィンのイタズラにしても、もうちょっと出来た嘘で騙してくれなきゃあ」
 少年は上機嫌でケーキの皿を持ち上げ、クリームの台座に乗った真っ赤な苺をぱくりと食べた。少年の様子をじっと見ていた館長の顔から、みるみるうちに表情が消えていく。

「さすが素質は十分にあるようだ」
 ぽつりと呟き、館長が立ち上がる。少年はそれをぽかんと見上げた。

「これが嘘なら君も幸せだったろう。だがね。今日は11月11日だ。たとえ君が違う時間を生きていようとも」
「だから、それはもういいってば……」
 少年が口を挟むと、館長は少年の顔を指さしてその言葉を止めた。

「ぐだぐだと話を綴ってもページが足りなくなるだけだ。手っ取り早くいこう」
 館長はそう言うと、にこりと微笑んだ。彼の指先が、少年から離れて空を滑り、カカシたちに向けられる。
「よく見てごらん。あれは仮装なんかじゃない」
 言いながら、指をクイと持ち上げる。

 少年は思わず、持っていたフォークを膝に落とした。

「おばけ!!!!」
 少年が叫んだ。視線の先には、ふわふわと宙に浮かぶカカシたちの首。

 カカシたちは怪訝な顔をしながら、「もう館長、こんなに頭が遠くちゃ手が届かないよ」と訴え、その顔からずいぶん離れた下の方で、フォークを持った腕がぶんぶんと振られた。少年はこの間、ソファから飛びのいて部屋の壁まで後ずさった。

「ごめん、ごめん。食事中に失礼したね」
 館長はそう言って指をすいと下におろす。その動きに合わせて、カカシたちの頭もぽすんと胴体のもとへ戻った。

 少年はばくばくと鳴る胸を掌でぎゅっと押さえつけながら、みぞおちのあたりが冷たくなるのを感じた。
「何、なんなの、仮装じゃないって? 首、とれたよ? おばけ……」
「そう。彼らはお化けだ。君の言葉で表現するならね。私にとってはただのカカシさ」

 館長は言いながら少年のほうへ足を一歩踏み出した。同時に少年が「来ないで!」と叫び、館長はそのまま歩みを止めた。
「なんで。ハロウィンの、仮装じゃないの」
「違うよ。今夜はハロウィンではないからね。だけど私たちは、言わば年がら年中ハロウィンの夜を送っているようなものさ。毎日がハロウィンだったらいいのに……なんて馬鹿げた話。それが本当に起こっているおかしな場所」
 どうにも聞き覚えのある言葉に、少年はごくりと唾を呑む。

「ようこそ、小さなお客様。我らがハロウィン・タウンへ」

 穏やかな声で館長が言った。
 少年はすう、とゆっくり深く息をして、「ハロウィン、タウン……」オウム返しに呟いた。

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