獣頭は飛ぶように男性の元へ駆け寄り、かっちりと着こなした背広の袖を素早く捲って腕時計を見た。
「現在時刻は23時22分。お茶会までは残り38分でございます、我が主」
「うんうん、今日は寝坊しなかったね。ありがとう、サギ」

 サギ、と呼ばれた黒背広の男。つまり先程まで低く唸って来訪者を威嚇していた獣頭――はすっかり上機嫌な様子で、両の目を三日月形に細めた。上着の裾からだらりと垂れていた尻尾がぐいと持ち上がって、勢いよく左右にぶんぶん振られる。少年はそれを見るなり、「わんこだ……」と呟いた。

 現れた男性は後ろ首を掻きながら少年に歩み寄り、じっと顔を覗きこんだ。
 男性の顔は整って端正で、夜空色の髪に対して目は鋭い黄色。少年はまず、変わった瞳の色だなあと感想を持った。それから、寝癖なのか髪質なのか区別のつかない無造作な後ろ髪と、右目が隠れ切る程度に伸ばしっぱなしの前髪、左右で長さのちぐはぐなもみあげを見て、変わった髪型だなあと感想を持った。
 二人がしばらく見つめ合っている間、カカシたちがはしゃいでその周りを駆けまわり、顔をしかめたサギに首根っこを掴まれた。

「ふむ」
 男性が微かに頷くと、少年ははっと気づいて口を開いた。

「もしかして、あなたが館長さんか! ごめんなさい!」
「ごめんなさい? どうして謝るのかな?」
 勢いよく下がった少年の後ろ頭を、男性はきょとんと見下ろす。
「だって、ここの畑に勝手に入っちゃったから。ハロウィンの夜って、お酒飲んで浮かれてよその家に勝手に入って怒られる人がたくさんいるって聞いてたけど。まさか僕もやっちゃうなんて……」
「……うん?」
「あ! でもでも、僕はお酒は飲んでないからね!」

 少年が両手を振って弁解すると、男性は微笑んだ。
「うん。私は怒ってはいないよ。おかしな叫び声に起こされるのも、悪い目覚めではなかったからね」
 男性の言葉に、後ろに控えたサギがやれやれと肩をすくめる。

 少年が何か言い返そうと次の言葉を考えるうちに、男性はくるりと振り返り、背筋を伸ばした従者に言いつける。
「サギ。お茶会の用意を。私は顔を洗ってこよう。そちらの小さな客人と、カカシたちも先に席につけておいてくれ」
「お心のままに」
 サギは右腕を腹の前に滑らせて、気取ったお辞儀をした。男性が微笑み、再びコツコツと靴を鳴らしながら館の中に入っていく。

 残された面々はみな突っ立ってその後姿を眺める。階段をのぼる男性の足先がシャンデリアのむこうに隠れると、短いため息のあと、従者が少年のほうへ向き直る。

「ねえ、君、サギっていう名前なんだねぇ」
 少年が言うと、サギは睨むように目を細めた。
「そうだ。主に戴いた名前であるぞ」
「そうなんだ。サギの仮装ってわんこみたいだねぇ」
 続けて少年が言うと、サギがぴくりと耳を動かし、それからわなわなと拳を震わせ始めた。カカシたちが「わんこ、わんこ~」と喜んだ。

「だ……だ……誰が……」
 ぐるるると唸り声交じりにサギが言う。
「誰がわんこであるかーーっ!! どう見てもアヌビス神なのである、せめてジャッカルと呼べ!」
「ジャッカル?」
 少年は目をぱちくりさせて、サギの頭部をいま一度じっくりと眺め、ふにゃりと笑った。

「どう見てもわんこだよ。イヌ科ならなんでも一緒じゃん」
「き、貴様…………あまりに無礼なのである…………」
「サギっておもしろい喋り方するんだねぇ」
 えへへ、と笑う少年の顔を、サギは明らかな憤怒の目で見下ろした。

 が、やがて唸るのをやめ、再びため息ひとつついて、少年とカカシらに背を向けて歩き出した。
「ついて来い。お茶会の準備だ」
「お茶会? やったー!」
 少年が両手を振り上げると、両脇に立ったカカシたちも真似をして手をあげた。

「お茶会にお呼ばれなんて久しぶりだねえ」
「僕もまったくそう思う。胃袋が無くたって、甘いお菓子は食べたくなるものさ」
 カカシたちはスキップでサギの後ろをぴょこぴょこ跳ねた。

 少年も上機嫌で彼らの後を追いながら、例のおいしいケーキのことを考えて、よだれを呑んだ。

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