「ねぇねぇ、死んでるのかな?」
「そりゃあもちろん死んでるでしょ」

 広いカボチャ畑の隅。オレンジ色の塊がゴロゴロとある中に、二人組がしゃがみ込んでいた。一見して鏡映しな顔立ちながら、性別の違いだけは見てとれる。揃いの青い作業服いに麦わら帽子、長靴を履いたそっくりさん。
 二人は目をぱちくりさせながら、今しがた空から降ってきた人間を見下ろした。べちゃりと音を立てて着地したそれは、仰向けに地べたに寝たまま動かない。

「どうして死んでるって?」
 女の方が、長い睫毛をぱちぱちとはじく。
「こいつ人間だもん。タウンに生きた人間はいないよ」
 男の方が、得意げに答えた。
 じゃあ死んでるんだね、と呟きながら、女は目前に寝転がる少年の頬をつつく。

「こんなところに寝られると仕事の邪魔だと思うんだけど。どう?」
「僕もまったくそう思う。これは本当に仕事の邪魔だ」
「死体なら川に連れて行こうよ。適当に流せば適当な場所に流れ着く」
「僕もまったくそう思う。川はいつだって適当な場所に向かって流れてる。そう……」

 いかれぽんちの人形屋!
 声を揃えてそう言うと、二人は手を取り合って喜んだ。彼らのはしゃぎ声に反応して、少年がううん、と唸った。
「あ、目を覚ましそうだよ」
「僕もまったくそう思う。こいつはどうやら死体じゃない」
 二人は手を握り合ったまま、同じ顔して少年を覗き込む。

 二度三度、まぶたが動いてから、ゆっくりと少年が目を開けた。
 今の今まで死体扱いされていた彼は、視界の中に見知らぬ顔を二つ捉えると、うわあ、と叫んで勢いよく上体を起こした。
「あんた誰! ここ何処!」
 言いながら後ずさりする少年を、茶髪の二人が指さし笑った。
「笑ってんじゃないよ。あれ、おかしいな……君がふたりいるように見える……」
「だれがふたりいるって?」
「だから、君が……また頭を打ったな、こりゃ……」
 少年の言葉に、茶髪はまた大声あげてゲラゲラ笑った。
「ふたりいるから、ふたりいるんだよ」
「僕もまったくそう思う。打ったくらいで狂っちまう頭なんて。ストローヘッドよりお気の毒」
「ああ、ふたり……?」
 少年はきょとんと静止したあと、二人の様子を頭から足先までじろじろと見まわした。それから、「うえっ」と素っ頓狂な声をあげる。

「その腕はどうしたの。脚も!」
 彼らの手足は棒のように細い。少年が見た限り、たぶん本当に木の棒だ。
 並んで少年を見下ろす二人は、小首を傾げる。
「どうしたって。どうもしていないよ」
「ご主人様のお好みさ」
 二人が言うと、少年も首を傾げた。それから、そういえば今晩はハロウィンなんだと思い出した。ああ、じゃあこの薄汚れた作業着も仮装なんだなあ、凝ってるなあ、なんて考える。

「ご主人様? 君たちは誰かにお仕えしてるの?」
「もちろんそう。でなきゃここに居ないよ」
「僕もまったくそう思う。ここを何処だと思ってるんだい?」
 男が呆れ顔になる。だからあ、とため息交じりにつぶやいて、少年は眉尻を下げた。
「分からないから訊いたんじゃん。君たち誰、ここは何処、って」
「そうだっけ。話を聞かないなんて、またサギに怒られるね」
「僕もまったくそう思う。ぜんたい、新しい人に会ったらまずは挨拶をするべきだ」
 茶髪の二人はひそひそと話し合ってから、金髪の少年に目をやった。
 脈絡なく満面の笑みで振り返った二人に、少年はわずかに肩をおどろかせた。

「僕らはツインズ・ストローヘッド。藁の頭の歌えるカカシさ」
「それからここは館長様のカボチャ畑。無断で入ってくるのは年中いるけど、空から降ってきたのはあんたが初めて」
 カカシたちは愉快そうに言った。それから何がおかしいのか、口を覆ったり腹を抱えたりしながらケラケラと笑った。
「空から、降って……」
「ストローヘッドにゃ思いつかない……カカシは地面に刺さってるから……」
「今まで見た誰よりも、まぬけな登場……」
 ツインズは大声をあげて笑う。
 彼らの話はおかまいなし。少年はひとりでにぶつぶつ呟いて繰り返し、それからハッと顔を上げた。

「僕、穴に落ちたんだよね! 変な猫を追いかけて」
「猫かあ。猫とはつるまないほうがいいよ」
「僕もまったくそう思う。猫は気まぐれであてにならない」
「めんどくさいなあ、その喋り方。もっと分かりやすく話せない?」
「失礼な奴。でも訳が分からないのも仕方がないよね」
「僕もまったくそう思う。この頭には脳みそなんて詰まってないんだから」

 カカシたちが、イェーイとはしゃぎながらハイタッチする。
 少年は、なんだろうこの人たちは、とため息をついて立ち上がった。

「ねえ、館長サマだか知らないけど、人の畑なら謝らなきゃ。勝手に入ってごめんね」
「僕らに言ってどうするのさ。ただの見張り番だよ」
「僕もまったくそう思う。自分で直接ご主人様に謝りなよ」
 カカシが言うと、少年は肩をすくめた。
「それもそうだね。君たちのご主人様は何処にいるの?」
 少年が訊ねると、二人は同じ方向を指ししめす。

 広いカボチャ畑が続く向こう、不気味に濃い霧のなかに、灰のような紫のような色をした立派な洋館が見てとれた。少年が「でっかいなあ」と呟くと、カカシたちが左右から少年の肩を叩いた。

「当たり前! 僕らのご主人様なんだから」
「案内するから早く行こう。そろそろお茶の時間のはずだよ」
「お茶の時間って……」
 こんな夜更けに? 少年は紫色のどんより暗い空を見上げた。雲は厚くかかっているようだけど、月もないのに仄明るい。朝日の眩しさも昼間のきらめきも夕闇の薄暗さとも違うけれど、だからといって夜でもない。白夜のように妙なぐあい。
 押されるがまま歩いていた少年は、はっと気付いて立ち止まる。

「ちょっと待った。僕のお菓子はどこいった?」
「お菓子なら川に落ちて流れてったねえ」
「そうそう。川に揺られてどんぶらこ」
「ええっ。困るよ! 大事な食糧だったのに!」
「気にしない、気にしない。これから君は洋館に行くんだぞ」
「ご主人様が客人をおいしいケーキでもてなさないはずがない」

   カカシたちが愉快に言うと、少年はそれならまあいいかなあと諦めて、“おいしいケーキ”に思いをはせた。

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