「じゃあ。古い洋館だけど、生活に関して困ったことがあればサギに言ってくれ」
「なんでサギ? 館長は?」
「恥ずかしながら、私は家事のほうはてんで駄目だから。暮らしのいろはに関してはサギのほうがよっぽど頼りになる。君の使う部屋はあとでサギに決めてもらうよ。バスルームなんかの場所もサギに案内をお願いしようかな」
「はい、お心のままに」
「普段は私は書斎か寝室に、カカシたちは畑に居るから。洋館から出かけたいときはサギに頼んでほしい。来客があっても勝手にドアを開いてはいけないよ、すぐにサギを呼ぶんだ」
「はーい! なんか全部サギの仕事だね!」
「うん……。そこを突かれると痛いな……本当にうちはサギに頼りっぱなしだからね……」
「それが私の使命ですゆえ」
 サギが誇らしげに胸を張る。館長はこほんとひとつ咳払いのまねをした。

「それでは最後に、君に名前をつけようと思う」
「わあ! 館長がつけてくれるんだね!」
「君が嫌じゃなければ、だけど」
「全然嫌じゃない。むしろいよいよ仲間に入れる感じがして、嬉しい!」
 少年がニコニコと笑う。
 館長も微笑み返したあと、はっと気が付いて、慌てて両手をあたふたさせる。

「ああ、さっきサギの話をしたけど、君に名前を与えるのはサギの場合とは違って、支配するためとかじゃなく、あくまでタウンで暮らすうえで不便が無いようにっていう意味だからね。本当の名前は君がきちんと管理しておくようにして――」
「分かってるって。僕は館長たちのこと疑ったりはしてないよ」
 少年が言うと、館長はへなへなと眉尻をさげて、「ありがたいな」と微笑んだ。

「では、人間の少年の君」
「はい!」
 館長に呼ばれ、少年はぴしりと背筋を伸ばし、館長と視線をぶつけた。
 館長はじっと少年の目を覗き込んだあと、おもむろに口を開く。

「――君の名前はアズだ。
 質問好き、冒険好きの無垢な主人公像。色とりどりの瞳と好奇心、AからZまでのすべてを内包しているようでいて、ZからAの空っぽにとどまったまま時を待つ、はざま世界の小さな迷子」

 最後に館長は、そっと右手を差し出した。
「これから、どうぞよろしく、アズ」
「よろしくお願いします、館長!」

 少年――アズも、微笑んで右手を差し出し、ふたまわりほど大きな館長の手をしっかりと握った。カカシたちがヒューヒューとそれを囃し立て、サギも満足げに何度もうなずいた。
 アズは照れたような嬉しそうな笑みを浮かべる。

「えへへ。アズって名前、いま思いついたの?」
「いや、実は君と話してる間もずっと考えてて……」
「アズとかサギとか。館長って二文字の名前が好き?」
「うん。呼びやすいし、覚えやすいからね」
「あはは。なんかおじいちゃんみたい!」
 アズが笑うと、サギが「失礼なことを言うな!」とそれを叱りつけた。
 それからアズは、ふと、先の館長の言葉を蒸し返す。

「さっき館長、色とりどりの瞳って言ったけど、それってどういう意味?」
「えっ?」
 館長が意外そうに目を丸くし、サギも同様の表情で、館長と見つめ合う。
 カカシたちはアズの顔を覗き込みに来てから、ケラケラと笑った。

「そうか、そうだよね」
 館長は苦笑いしつつ、ぽんと両手を打つ。館長のふたつの掌が離れていくのに合わせて、両手の間にするすると手鏡が登場する。
「もっと早くに指摘してあげればよかったのかもしれないけど……」
 言いながら、館長は手鏡をアズに手渡した。
 みんなの様子を怪訝に思いつつ、アズは鏡を覗き込む。

「ん? んんん……? んな、何これーーーー!!」

 見るなり大声をあげるアズを見て、双子のカカシは心底愉快そうに大笑いした。
 鮮やかな紫と鮮やかなオレンジ、左右ででたらめな色をした自分の両の瞳と見つめ合いながら、アズは何度も「何これ」と叫ぶ。

「色は会話中に何度も変化したよ。初対面のときはまだ両目とも水色だったんだけど。おそらく、人間の君の持つ魔力が、タウンの空気になじまず不安定に反応しているんだろうね」
「何それ、どういうこと!? 僕の目の色ぐるぐる変わるってこと!?」
「そういうことだ」
「ノー!! 僕までお化けになっちゃったみたい!!」

 アズが頭を抱えると、カカシが両わきからアズの肩を叩いた。
「やったねアズ! 立派に仲間入りじゃん!」
「僕もまったくそう思う! 君のことはお菓子大好きお化けのアズと定義しよう!」
 カカシたちの言葉に、アズは「勘弁してよぉ」とうめき声をあげる。

 子供たちの様子を眺めながら、館長とサギは声をあげて笑った。
 腹ぺこの迷子はかくして、洋館の住人への仲間入りを果たすことになる。


 がらくた世界、ハロウィン・タウン。  今夜の悲鳴は、愉快な悲鳴。

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