「トリックオアトリート、トリックオアトリート」

 真っ白のお化けが、上機嫌に街をスキップする。
 カボチャの形をしたプラスチックの容器に、回収したてのお菓子を山盛り。チョコレートやキャンディやマシュマロ、キャラメル、プチケーキ、とにかくそんな甘いお菓子がいっぱいに詰まって、それでも入りきらなかったお菓子は“お化け”の両腕にぶら下がった紙袋に詰めてあった。

「ハロウィンって楽しいな。しばらく食事には困らないや」
 お化けは歌うように呟いて、被っていた布をはぐった。頭の上からすっぽりと“お化け”のシーツに包まれていたのは、すっかりご満悦な表情の少年。布一枚を被って顔を隠すだけ、そんな雑な仮装をしているのは、街中を探しても彼ひとりだったろう。だけど、それでも溢れるほどのお菓子をもらってくるには十分だ。ボロボロの薄汚れたシーツたった一枚が、少年の立派な勝負服だった。

 今日ばかりは灯かりの消えない賑やかな石畳の街を外れて、湿った土の道に出る。黒い森に続く一本道。ここから先は外灯なんてひとつも無い。
 少年は立ち止まって、お菓子をみんな地べたに置いた。紙袋と一緒に提げていたランタンのふたを開け、ポケットからマッチ箱を取り出す。残り少ないマッチを擦って、短いロウソクに火をつけた。オレンジの炎がちらちらと揺れながら大きくなると、少年は満足して、ランタンのふたを閉じた。

 それから、マッチ箱をポケットにしまい、反対側のポケットから髪留めのゴムを二つつまみあげた。せっかくのブロンドが薄汚く見えるほどだらしなく伸びた髪。鼻までとどく前髪と、肩につくまでほったらかしたボサボサの後ろ髪を適当に結う。おでこを出してぴょこんと跳ねた前髪、動物の尻尾みたいにちょこんと出た後ろ髪。それから、ゴムに届かず垂れたままの、うっとうしいもみあげ。この髪型が少年のトレードマークと言ってもいい。
 正体を隠すシーツを脱いだなら、この髪型でなくっちゃ。
 そうそう、トレードマークといえば、ヘアゴムの飾りも忘れてはいけない。青色や赤色や緑色や紫色、ちぐはぐ適当に合わせたまんまるの玉飾り。この金髪にはよく映える。

 これでよし。道が見えるし視界もクリアー。
 満足げに頷いた少年は、お菓子の入れ物と、紙袋と、ランタンを持ち上げた。その拍子に入れ物からこぼれおちたチョコレートやキャラメルをがっしりと掴んで、真っ赤なパーカーの、真っ赤なフードに詰めておいた。

 森へ入る。一歩進むごとに黒い森からフクロウの鳴く声とか、木々の葉っぱのざわざわと噂する音とか、それから誰かの笑い声と叫び声が背後の街から聞こえてきた。
 たくさんの音の中、ニャアと小さく鳴いたのを聞いて、少年は足を止める。
 おおきな瞳がキョロキョロ動いて、そばの草むらに黒い猫の影を見つけた。
「あっ、猫だ!」
 声の主なんて聞いたときからすっかり分かっていたのだけど、姿を認めたらその名を唱えずにはいられない。少年は動物が好きだ。ぱあっと明るい笑顔で、一歩一歩ごとにお菓子をぱらぱらと落としながら、少年は猫に駆け寄る。猫は驚いて後ろへ逃げた。もちろん、少年は嬉しそうに追いかけた。
 真っ直ぐに走って逃げる猫は、どうやらまだ子供のようだった。小さな身体で懸命に走っても、何倍も大きい少年の歩幅にはかなわず、古い大きな木の前にとうとう追い詰められた。

「よっしゃ、捕まえ――」
 た、と続くはずの少年のセリフは、しかしここで途切れた。
 少年の視界は暗転する。彼が転げるついでに、たくさんのお菓子が辺りに降って落ちる。
 ひょいと退けた猫がおそるおそる近寄り、勢いそのまま大木にぶつけたつるつるのおでこを見下ろして、くんくんと鼻を鳴らした。

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